結婚披露宴の不思議!なぜ新郎新婦は上座なのに両親は下座?

結婚披露宴の不思議!なぜ新郎新婦は上座なのに両親は下座?

結婚披露宴では、なぜ新郎新婦は上座なのに両親は下座なのでしょうか。その不思議について、調べてみました。

結婚披露宴と結婚式の歴史

結婚披露宴は、結婚したことを広く地域や社会に発表するために、親せきや友人、知人を招いて催す宴会のことです。古い時代には、結婚披露宴をもって結婚の成立とされました。

 

その後、宗教が社会において組織化され、結婚をはじめとする社会制度が整備されたことにより、宗教的儀式である結婚式のほうが重視されるようになりました。

 

披露宴ではなく結婚式をもって結婚の成立とみなされるようになったために、結婚披露宴はそれに付随する宴会となりました。

新郎新婦のテーブルは「高砂」と呼ばれ上座

現代でも、結婚は双方の合意のもと成立する民事契約であるとされていますが、結婚式の宗教的要素は継承され、結婚披露宴も広くおこなわれています。20歳を超えると、結婚披露宴に招待されることも増え、自ら結婚披露宴を執りおこなうこともあるでしょう。

 

結婚披露宴はフォーマルな宴会であるために、多くの決まりごとがあります。なかでも、招待客をどこに座らせるかという席次は重要な決まりごとのひとつです。

 

着席する正式な宴会においては、必ず上座と下座がありますが、結婚披露宴も同様に上座と下座があります。新郎新婦のいるメインテーブルは「高砂」と呼ばれ、上座になります。

新郎新婦から遠い宴会場の入り口付近は下座

一方、新郎新婦から遠く、宴会場の入り口に近いほど下座となります。新郎新婦は結婚披露宴の主役であり、二人を披露することが宴会の目的ですから、招待客から見えやすいメインテーブルである上座に座るのです。

新郎新婦の席「高砂」とは高砂伝説の由来

また、最近はあまり見られなくなってきましたが、「高砂」席の新郎新婦の後ろには主役を引き立てるための金屏風が飾られることもあります。

 

新郎新婦の席を表す「高砂」は高砂伝説に由来します。高砂伝説の舞台は兵庫県高砂市にある高砂の浦です。九州の阿蘇の宮の神主が上京中に播磨の高砂の浦と摂津の住吉の浦についた際、どちらにも「相生の松」と呼ばれる名木を見つけます。

 

離れたところに立っている2本の松が同じ「相生の松」と呼ばれている理由を問われた老松の精が、老夫婦になって現れ、元は同じ場所に生えた松であり、高砂と住吉の遠くに離れてしまっても、心はずっと同じであると説明します。

高砂伝説をもとにした能の一節

この伝説から、夫婦が一生添い遂げるようにという願いを込めて新郎新婦の席として用いられるのです。高砂伝説をもとにした能の一節は婚礼などでも謡われています。

 

「高砂やこの浦舟に帆を上げてこの浦舟に帆を上げて月もろともに出潮(いでしお)の波の淡路の島影や遠く鳴尾の沖過ぎてはや住吉に着きにけりはや住吉に着きにけり」という唄です。

 

永遠性をもつ松と「あい(愛)(相)」「おい(老)」という言葉から、夫婦が末永く幸せに人生を共に過ごすことを願って謡われてきたのです。

なぜ両親が下座にすわるのか?

ところが、新郎新婦の二人を育て上げ、おそらく最も近くで祝福したいであろう新郎新婦の両親は、新郎新婦から最も遠い下座に座ります。

 

これは、結婚披露宴の主催者が、両親であるということに由来しています。結婚は、古くは家と家との結びつきの披露であり、招待状も新郎新婦の父親の名前で送られてくるものでした。現在は、招待状は新郎新婦の名前で送られてくることも多くなりましたが、あくまでも、両親は招く側、つまりホストであるということになります。

 

最も下座に着席して、招待客をもてなし、宴会全体に気を配るのが両親の役目なのです。なお、新郎新婦に近い上座には主賓や職場の上司が、下座には家族が座るのが決まりです。

 

上座と下座のなかにも席順があり、年配者や地位の高い人がより上座になります。親族については、両親が末席であり、関係が遠い親せきや年配者ほど上座に着席します。

最近は上座や下座にこだわらない結婚披露宴を望む増えた

しかし、最近は上座や下座にこだわらない結婚披露宴を望む新郎新婦も増えてきました。両親をはじめとする家族への感謝の気持ちを一番に考え、あえて会場の中央に家族席を設ける場合もあります。

 

新郎新婦が一段高い「高砂」席から招待客を見下ろす形を避け、招待客と同じ高さに着席することもあります。しかし、上座や下座が変わったとしても、結婚披露宴の主役は新郎新婦であり、喜びのなかで二人を披露するのは両親であるということには変わりはないのです。